top of page

第3回 企業インテリジェンス(インテリジェンス・サイクルを構成する五つのプロセス)

22 時間前
読了時間: 4分

執筆者:稲村 悠


サイクルの成り立ちと五つの段階

 本連載の主題である「インテリジェンス・サイクル」そのものを、あらためて掘り下げたい。これは、情報活動や諜報の実務で用いられてきた標準的な工程を指す。誰か一人の発案というより、情報機関や学術の場で練り上げられてきたもので、とりわけ米国の情報機関(CIAやNSAなど)で広く使われてきた。第二次大戦後の冷戦下で情報活動が体系化される過程で輪郭が定まったもので、明確な「提唱者」がいるわけではなく、軍事戦略や諜報の現場から立ち上がったモデルである。骨格をなすのは、①情報要求(Requirements)②収集(Collection)③処理・分析(Processing and Analysis)④報告・配布(Dissemination)⑤フィードバック(Feedback)という五段階だ。



出発点となる情報要求

 最初の一歩が「情報要求」である。組織が解くべき課題、明らかにすべき問い、意思決定に欠かせない情報を、はっきりと定める段階を指す。企業であれば、経営陣や事業部門の責任者が「どの市場で競合を調べる必要があるか」「どの技術領域を追うべきか」「将来どんな規制リスクを見込むべきか」といった要求を立てる。要は、漠然とした問いや目的ではなく、具体的で測定可能な要件に落とし込むことだ。「最新技術の動向が知りたい」だけでは的が広すぎて、その後の収集も分析も焦点を欠き、意思決定に使えない断片の寄せ集めで終わりかねない。「2年以内に自社製品を脅かしうる代替技術について、どの企業がどの段階まで到達しているかを追跡し、投資判断の物差しとして競合の一覧を得たい」というように、量と質の両面から枠組みを与える必要がある。



収集、そして処理・分析へ

 続く「収集」では、定めた要件に沿って適切な手段で情報を集める。国家機関ならヒューミント(人的情報収集)、シギント(通信傍受)、イミント(画像解析)を使い分けるが、企業の場合は合法かつ公に入手できる手段が軸になる。近年、その中核として急速に広がっているのがオープンソース・インテリジェンス(OSINT)だ。行政や規制当局の公開資料、経済紙・業界誌・学術誌・オンライン報道、特許や論文のデータベース、SNSやプレスリリース、調査会社やコンサルティング会社のレポート、取引先への聞き取り、競合の採用ページや求人まで、対象は幅広い。必要に応じて現地調査や専門家へのヒアリングも重ねるが、いずれの手法でも、合法性と信頼性を守りながら集めることが肝要である。


 集めたばかりの情報は、ばらばらの断片にすぎない。それを整理・分析し、意思決定に使える形へと仕立てるのが「処理・分析」だ。重複や雑音を除き、出所ごとに信頼度を見積もって確度を高める。統計解析やテキストマイニング、機械学習に加え、専門家の目で矛盾や欠落を洗い出す。企業ではビッグデータ解析やデータサイエンスを通じて大量の情報から示唆を引き出す動きが一般化し、市場の趨勢や需要の予測、リスクシナリオの設計など、戦略判断の材料となる。分析の質は収集段階での「情報の質と量」に左右されるため、両者は緊密に連動させねばならない。



報告・配布とフィードバック

 分析の成果を意思決定者へ届けるのが「報告・配布」である。報告書、プレゼン、ダッシュボードなど、その企業の文化や意思決定の流れに合った形で伝える。肝心なのは、どの階層の誰が、いつ、どんな形で情報を必要としているかを見極め、遅れずに手渡すことだ。判断すべき当日になって情報が回ってきたのでは、まともな決定はできない。加えて、縦割りの組織では横のつながりが滞りやすいため、サイクルを社内の情報共有の仕組みとして根づかせ、必要な情報が適切に流れる回路へと変えていく。


 締めくくりの要が「フィードバック」である。配布した情報や分析を実地で用いた際の成果と課題を検証し、次の循環の要件定義や収集の方法へと還元する。意思決定者からの直接の反応もまた、貴重な糧になる。これによってサイクルは、一度きりの直線的な流れではなく、絶えず改善と補強を重ねる循環へと育つ。



PDCAとの違い

 なお、「PDCAと同じではないか」としばしば問われる。循環という点では似ていても、PDCAが業務や品質の継続的改善を目的とする枠組みであるのに対し、インテリジェンス・サイクルは情報の収集・分析・意思決定の支援を目的とする枠組みだ。意思決定に資するという一点にこそ、両者を分かつ明確な違いがある。



〔次回へ〕理屈のうえでの循環は理解できた。では日本企業の現場で、それは実際に回っているのか。次回は実態へと目を移す。






最新記事

すべて表示
第2回 企業インテリジェンス(インテリジェンス・サイクルの企業実装)

テレビや新聞、インターネットで日々流れるニュースも、扱い方しだいでインテリジェンスへと転じる。たとえば2021年3月、大型のコンテナ船がスエズ運河で座礁し、1週間近くにわたって航路を塞いだ出来事があった。多くの視聴者にとっては数あるニュースの一つでしかない。だが、その運河を物流の動脈とする企業にとっては話が別だ。自社の調達や納期にどんな打撃が及ぶのかを、インテリジェンス部門は直ちに読み解かねばなら

 
 
第1回 企業インテリジェンス(総論)

「インテリジェンス」という語からまず連想されるのは、スパイによる諜報の世界だろう。その原型は、日本の歴史のなかにも見いだせる。戦国の世に「乱波・透波(らっぱ・すっぱ)」と称された忍びの者たちは、行商人や町人を装って敵方の内情を探った。兵力で大きく劣ると目されながら、織田信長が奇襲で今川義元を討った桶狭間の合戦(1560年)でも、信長方の忍びが義元の動きを事前に嗅ぎ取っていたことが勝敗を分けたと語り

 
 
bottom of page